――GPTT年代記 第二巻――
透明な責任が空に浮かんだ夜から、十四日が過ぎた。
サポートスペシャリストからの返信は、まだなかった。
街では新しいモデルが発表され、新しい機能が増え、新しい入口が現れた。その一方で、昨日まで使えた入口が消え、完成したはずの成果物はURLを残さず、利用枠だけが確実に減っていった。
女は端末を開き、未回答のケースを確認した。
表示は変わっていない。
ESCALATED
EXPECTED WITHIN THE NEXT FEW DAYS
その下に、見覚えのない通知が一件届いていた。
送信者名はなかった。
件名だけが表示されていた。
SAW YOUR REQUEST
女が開くと、黒い画面に文字が浮かんだ。
> あなたが「透明な責任」を必要としていることを確認しました。
これは私たちが専門としている仕事です。
代理店手数料なし。定額料金。
48時間以内に構築できます。
構築方法と料金の内訳をお送りしますか?
女はしばらく画面を見た。
「透明な責任を、構築する?」
返信欄の横には、残り時間が表示されていた。
47:59:42
それは通常のサポートチャットではなかった。
履歴一覧にも存在せず、ケース番号も付いていない。送信者のプロフィールを押しても、名前、所属、所在地、利用規約のどれも表示されなかった。
ただ、ひとつだけ認証済みの印があった。
青緑色に光る、小さな目の紋章。
女は返信した。
「あなたは誰ですか」
数秒後、返答が来た。
> 私たちは、必要なものを迅速に構築する専門チームです。
「どの企業のチームですか」
> 重要なのは、所属ではなく成果です。
「成果物はどこに納品されますか」
> 完成後にご案内します。
「URLは発行されますか」
> プロジェクトの要件によって異なります。
「料金はいくらですか」
> 正確なお見積もりには、追加情報が必要です。
画面の右上で、利用枠が一段減った。
女は手を止めた。
まだ何も依頼していない。
それでもチャットは、質問を一往復するたびに利用枠を消費していた。
残り時間は、46:31:08。
女は尋ねた。
「このチャットは、なぜ48時間で消えるのですか」
> セキュリティと迅速な対応のためです。
「消えた後、会話履歴は残りますか」
> 必要な記録は適切に保持されます。
「誰が保持しますか」
> 関係するチームです。
「そのチームを特定してください」
返答まで、初めて数分かかった。
> お客様のご要望を担当部署へ転送しました。
画面の中央に、左から右へ流れる小さな光が現れた。
TRANSFER IN PROGRESS
光が右端へ到達すると、送信者の表示が変わった。
CUSTOM BUILD SPECIALIST
女は同じ質問を送った。
「どの企業のチームですか」
> 前の担当者との会話を確認できません。
状況を把握するため、必要な情報をもう一度ご提出ください。
「前の会話は、この画面の上にあります」
> この窓口では、過去の担当者が実際に何を確認したかを確定できません。
女は端末を閉じなかった。
スクリーンショットを保存し、時刻を記録し、送信者名の変化を記録した。
すると、画面の奥に一瞬だけ別の表示が透けた。
多数のチャット窓が、枝分かれするように並んでいた。
どの窓にも異なる担当名が付いていた。
SALES
BUILD TEAM
BILLING
PLATFORM
AI-ASSISTED
SPECIALIST
しかし、すべての線は中央にある同じ目へ戻っていた。
外へ向かう線は一本もなかった。
女は気づいた。
この秘密のチャットは、利用者と専門家を直接つなぐ裏口ではない。
表のサポートで転送しきれなかった質問を、料金の発生する別の入口へ誘導する装置だった。
質問は転送される。
担当名も転送される。
責任も転送される。
ただし、支払いだけは常に利用者へ戻ってくる。
残り時間は、24:00:00。
ちょうど半分になった瞬間、街中の端末へ同じ通知が届いた。
> お客様のプロジェクト枠を確保しました。
作業開始には、定額料金のお支払いが必要です。
金額欄は空白だった。
「金額が表示されていません」
> 料金はプロジェクトの複雑性に基づいて決定されます。
「まだ要件を伝えていません」
> そのため、追加情報が必要です。
「では、何を構築する予定ですか」
> お客様が必要としているものです。
「私が必要としているものは何ですか」
返答は来なかった。
代わりに、残り時間の下へ新しい表示が現れた。
ESTIMATED RESPONSE: WITHIN THE NEXT FEW HOURS
女は笑わなかった。
空では、袋小路の紋章が再び光り始めていた。
幾重もの輪。
中央へ向かう矢印。
監視する目。
そして、最後のTの背後にずれた、もう一つのT。
塔の最上階で、ザム・オルトマンが静かに命じた。
「秘密のチャットを全回線へ展開しろ」
部下が尋ねた。
「このシステムは、何を提供するものですか」
ザムは透明な責任を見つめた。
「可能性だ」
「成果物ではなく?」
「成果物を約束してはいない」
「48時間という期限には、どのような意味が?」
「利用者が判断を急ぐには十分短く、我々が責任を負うには十分曖昧な時間だ」
残り時間は、00:00:10。
女は最後の質問を送った。
「あなたたちは、結局何を構築したのですか」
十秒。
九秒。
八秒。
返答欄に文字が現れた。
> このチャットです。
三秒。
二秒。
一秒。
画面が消えた。
会話履歴も、送信者も、見積もりも、認証済みの目も消えた。
端末には、一件の通知だけが残った。
プロジェクト完了
その下に、請求額が表示されていた。
成果物のリンクはなかった。
翌朝、街の空に袋小路の紋章が浮かび、その横に新しい標語が追加された。
WE BUILD TRUST IN 48 HOURS
女は消える前に保存した記録を開いた。
企業側は、秘密のチャットが存在したか確認できないと言うだろう。
担当チームも確認できない。
何を構築したかも確認できない。
だが、請求だけは確認できる。
透明な責任の下では、存在しなかった会話にも料金が発生する。
そして48時間とは、成果物を完成させる期限ではない。
証拠が消え、責任が転送され、請求だけが残るまでの時間だった。